弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判資料の横流し? 訴訟記録と非当事者の名誉・プライバシー保護の問題

1.NGT裁判と山口真帆氏の立ち位置

 ネット上に、

「『山口真帆に集団訴訟も』NGTメンバー保護者会が激怒 暴行事件裁判で”場外乱闘”勃発」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191101-00015183-bunshun-ent

 記事には、

「NGT48暴行事件をめぐりグループ運営会社『AKS』が犯行グループを相手取って起こした民事訴訟が新潟地裁で進行中だが、この事件について報じたネットニュースについて、被害者の元メンバー・山口真帆(24)がツイッターで《名誉毀損すぎる》などと反論したことが話題になっている。」

「10月30日付のスポニチが掲載したのは、主犯格とされている男性と山口のツーショット写真。2017年4月に千葉・幕張メッセで開催された写真イベントで撮影されたという2枚の写真の中で、2人は指で数字を示している。数字は事件現場となったマンションの、山口と男性のそれぞれが借りていた自宅の部屋番号だという。『襲撃グループの主犯格とされた男性は約2年前から(山口の)自宅を知っていたことになる』とスポニチは指摘した。」

「この報道に対して、山口の反応は早かった。同日午前6時過ぎ、たて続けにツイッターに反論を投稿。山口がNGT事件について触れるのは事務所移籍後、初めてだ。」

「《スポニチさんが名誉毀損すぎるのでもう関わりたくないけど言わせてもらいます。ファンの方はご存知の通りイベント写真会はリクエストされたポーズをします。それをカメラ目線でやるので相手が何のポーズしているかもほぼ分かりません。AKB新聞やってて写真会の仕組みも分かっているはずなのに酷すぎる》」

《独占入手って昨日の裁判資料?横流ししてもらった以外何があるんだろう?襲われたら会社に謝されて、メンバーにはSNSで嫌がらせされて、辞めてからは他のメンバーがやってたことを私のせいにされて。こんな会社ある? 犯人との私的交流は現メンバーが認めてるのに。出してないけどその音声もあります》」

「山口の反論には多くのファンが反応し、現在のリツイート数は3万5千件を超え、10万以上の『いいね』が付いている。写真の出所にも関心が集まっている。」

「山口が指摘した通り、写真は裁判の証拠資料として提出されているものです。AKSは写真の出所について関与を否定していますが、スポニチといえば『AKB新聞(月刊AKB48グループ新聞)』の販売元で、AKSとスポニチの両者が蜜月関係にあるのは公然たる事実。AKSはくだんの写真よりもさらに強い証拠を準備しており、二の矢、三の矢として提出する予定だと言われています。裁判を通して、事件にはNGTメンバーが関与していなかったこと、ひいては『メンバーが犯人をけしかけて、犯行が行われたというのは、山口の妄言だった』ことを立証するため、AKSの吉成夏子社長は躍起になっています」(同前)」

などと書かれています。

2.証拠資料は横流しされたものか?

 民事訴訟法91条1項は、

何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。

と規定しています。

 また、同条3項は、

当事者及び利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、訴訟記録の謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は訴訟に関する事項の証明書の交付を請求することができる。

と規定しています。

 要するに、訴訟記録は、閲覧は誰でもできるものの、謄写(コピー)は当事者又は利害関係者しかすることができないという制度設計になっています。

 スポーツ新聞が訴訟に利害関係を持っているということは普通は考え難いため、訴訟資料の写しを入手したのだとすれば、AKSが故意に流出させたのかまでは分からないにしても、当事者(AKSもしくは被告)のルートか利害関係人のルートに限られてきます。

3.プライバシー保護の仕組み

 もちろん、法律は、訴訟を起こしたことで、当事者のプライバシーが衆人環視に晒されることを、良しとしているわけではありません。

 具体的に言うと、訴訟当事者は、

「訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。」

を疎明して、訴訟記録のうち秘密記載部分の閲覧等の請求をすることができる者を当事者に限るように申し立てることができます。これを受けて裁判所が閲覧等の制限を認めれば、第三者は秘密記載部分を閲覧することができなくなります。

 しかし、こうした措置を申し立てる資格があるのは、訴訟当事者だけですし、閲覧等の制限は当事者の私生活上の秘密等を保護するもので、第三者・部外者のプライバシーの保護が図られる設計にはなっていません。本件の裁判の当事者はAKSと被告犯行グループであり、山口氏の情報が「当事者の私生活上についての重大な秘密」といえるのかは条文の文言との関係で疑義が生じます。

 また、それを措くとしても、AKSや被告犯行グループが閲覧等の制限を申し立てなければ、訴訟記録を誰でも見れる状態は解消されません。

 つまり、山口氏は、関係者であるにもかかわらず、興味本位で訴訟記録を見るなということが言いにくい立場に置かれています。

4.本件に関して言えば、訴訟で真実が捻じ曲げられる可能性がある

 報道によると、AKSが本件訴訟を提起した目的に関しては、

「被害による損害賠償請求ということもありますが、真相解明をメンバーの方々、親族の方々が求めている。そういった思いを会社も受けて、原因を究明して再発防止につなげたい。少しでも真実に近づければと思っている」

と説明されています。

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/akb/1467066/

 しかし、真相の究明が本当に可能なのだろうかと疑問に思います。

 根拠は事件のキーパーソンである山口氏とAKSとの関係が必ずしも良好ではなさそうであることです。

 訴訟は認否反論をぶつけ合って進めて行きます。

 被告となった二人が、事件についていい加減な事実主張をしたとしても、当該主張の真偽を山口氏に直接確認することができなければ、有効な反論を打ち出すことに難渋するのではないかと思います。山口氏の側にしても、自分が当事者になっている裁判というわけではないため、訴訟に積極的に関与して自分の事実認識を語ることができるわけではありません。結果、事実認定が被告の主張の側に流れ、真相がますます良く分からなくなってしまうこともあり得ると思います。

5.山口氏のような立ち位置にいる人の法的保護はそれでいいのだろうか?

 冒頭の記事には、

「裁判を通して、事件にはNGTメンバーが関与していなかったこと、ひいては『メンバーが犯人をけしかけて、犯行が行われたというのは、山口の妄言だった』ことを立証するため、AKSの吉成夏子社長は躍起になっています」

と書かれています。

 報道だけでは請求原因(損害賠償請求権の発生を根拠付ける具体的な事実)を把握しづらいため、上記の事実がどのような意味を持っているのかはよく分かりません。

 しかし、山口氏のいないところで原告が

「メンバーが犯人をけしかけて、犯行が行われたというのは、山口氏の妄言だった。」と主張し、それに被告側が乗っかって、

「はい、自分たちもメンバーが私達をけしかけたなんて言っていません。山口氏がAKSさんに何と説明したのかは、自分たちの知ったところではありません。『メンバーからけしかけられた』云々の私達の発言が加害行為であるとのご主張であれば、そのような加害行為は存在しないことから、損害賠償を請求されるいわれはありません。」

と主張してきたら、どうなってしまうのだろうかと思います。

 報道によると原告はお金を回収することにはそれほど強いこだわりはなさそうですし、原告と被告との合作により、山口氏を蚊帳の外に置いたまま、山口氏が先走って変なことを言ってしまったという「真実」が作られてしまわないかが危惧されます。

 確かに、理屈のうえでは、AKSの犯行グループに対する損害賠償請求権が存在しようがしまいが山口氏の法的な立場とは関係がありません。しかし、人気商売である方にとっては、裁判所でどのような事実認定がされるのか、それがどのような報道をされるのかは極めて切実な問題だと思います。

 報道によると、裁判所は非公開審理を提案するなどの手当を講じようとしたようですが(公開が禁止された場合、民事訴訟法91条2項によって、訴訟記録の閲覧の主体が当事者及び利害関係人に限定されます)、原告AKSは公開法廷でのやりとりを望んだようです。訴訟記録の問題にしても、自分のいないところで「真実」っぽいものが衆人環視のもとで議論されて行くのも、大変気の毒な立場だなと思います。こうした方の保護に関しては、何等かの立法的な手当が図られても良いのかも知れません。